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kazuhiko Ueda / 上田和彦 – 色彩、形態、象徴 

色彩、形態、象徴

私はいま、櫻井伸也の作品の前に立っている。櫻井の作品には、語りを促す何かが介在している。櫻井の制作には、注意深く構成された方法によって、モティーフの現前と不在とが徹底的にコントロールされている。それは、作品を批評する者のステレオタイプな言辞をあらかじめ封じておくための罠のようにも感じられる。彼を、絵画という野生のなかを、経験に基づく計略によって踏破する狩人になぞらえることは、あながち間違ってはいないと感じている。今度、作品の色彩に大きな変化が生じたことで、ある角度から、櫻井の仕事に通底する何かを掴みだすことができるのではないかと私に直観させた。

作品は自然光に照らされ、周囲の白壁へと、色彩を放射している。作品が光を受け止める時、絵画が生み出された場所、此処ではない何処かを強く暗示させる。それは単純に、場所による光を透過させる環境の違いを示しているだけではなく、絵画は常に、ひとつの光源(太陽)が見せる、複数の、一回的な経験を伝達していることを意味する。

水玉等の柄をプリントした支持体に、濃厚なメディウムを混ぜた油絵具によって、有機的な形態を充填し、絵具が完全に固まる前に、象徴的な形象(十字や髑髏等)を型押すという手法は、近年までと同様だが、今回は青(AZZURRI)を大きなテーマとしている。加えて、型押しによる象徴的テーマを画面の内部に沈潜させるために、オールオーヴァーで、スタティックな画面構成を採用していたこれまでとは異なり、キャンバスはコンポジションによって複数に分断され、複数の青や緑などの近傍色によって、明快でありながらも、複雑な階調が作られている。それらによってもたらされた画面の流動性は、以前の作品のような、カラフルでありながらも抽象的で無名的世界が広がる印象を離れ、地中海的な海の感触のようなもの(土地に根差した色彩や明るさや風のような)を具体的に感じさせるものだ。

生まれ故郷のHIROSHIMAを念頭に置いたキノコのような形象、海を思わせる青と十字架や髑髏など、櫻井の絵画においては、常に生と死を巡る記号的象徴が、色彩と形態の律動的な運動によって、互いに激しく入れ替わりながら、複数のキャンバスを移動し、往還してみせる。近年の、象徴性に対して、抽象性が勝った画面展開は、作品の強度を増すことに貢献していた。そして、今回の流動的な画面展開は、強度を増したキャンバスを、もう一度象徴性が渦を巻く、画家の心的世界の根源へと立ち返らせるもののように感じられた。形式的な造形の道筋が周到に準備されながらも、内容を失わない(むしろせり出してくる)稀有な画家だと思う。

上田和彦