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Hiroshi Sakurai / 櫻井拓 – 二重のアイコン

「LOVE POOL」や「LOVE SONG」など、櫻井伸也の近年の作品は、2つの層で構成されている。作品の表面には、生命を謳い上げるかのような明るい色の油彩と、「愛」や「平和」という強い意味を持つハートの記号が、呼応しつつ配置されている。他方で奥の層では、降りつづける静かな雨のように一面に水玉の施された染色された布が、いわばやわらかなキャンバスとなって、画面全体の空気を作り出している。そこには激しさのなかに静けさがあるような「ズレ」があるが、そのズレこそが櫻井の絵画の特質でもある。
櫻井は広島をひとつのモチーフとする作家である。広島は、ヨーロッパの人々にとっては、原子爆弾が投下され大戦の悲惨な終結をみた“Hiroshima”だが、広島で生まれた櫻井にとっては、そこで人々の日常や暮らしが躍動する「広島」でもある。このような二重性を櫻井の作品は一貫して抱えている。愛や平和を象徴するハートの記号は、文化を越えて意味を共有できるものだが、その反面、そのメッセージはとても抽象的なものでもある。「ハート」を見てそれぞれの人が心の中に思い浮かべる内容はさまざまに異なるだろう。
今回展示される「REAL POP ICON」のシリーズでは、キノコのイメージが扱われている。それは原子爆弾のキノコ雲であるという意味で“REAL”である(それは男性性や西洋近代の獰猛さの象徴でもある)が、他方でかわいらしく“POP”な記号でもある。その二重性は“ICON”という言葉にも現われている。それはポップな「アイコン」でありながらも、祈り(文明の盲信、あるいは平和への祈念)の対象としての偶像(アイコン)でもあるのだ。分割された細かな色面によって形成されるキノコの図柄は、毒々しいものにも、燃えたぎる生命のようにも見える。それらの「ズレ」を冷静に見つめることこそが、櫻井伸也にとっての絵画なのだと思う。

櫻井拓(編集者)